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全ての差別の止揚と克服を

公正な社会を望んでいます

警察権行使に伴う人権侵害防止に関する提言

先日大手新聞のweb版において気になるタイトルがあった。

”「〇〇」は無職で生活保護受給、現場の微物とDNA型一致”

「〇〇」の部分は通称というか、被疑者が名乗った偽名であるけれど当然記事の本文には氏名が記載されている。
仮にこの被疑者が犯人であって刑事罰を受けたとしても、この報道によって生活保護を受給していたこと、刑事事件を起こした事を長期間公衆の目の届く場所に晒される事は、今後の更生や社会復帰に関しても著しい不利益となるだろう。

そもそもこの記事には被疑者は容疑を否認しているとある。現場に残されていた微物と被疑者のDNA型が一致とあるが、誤認逮捕や証拠捏造もままあるなかで、被疑者の人権を侵害するほどの報道価値があるかと言えば甚だ疑問である。

 

被疑者逮捕の報道には、被害者や関係者、現場近くに居住や勤務する人々に安堵感を与えるという正の側面がある。しかし、それは「◯◯事件の被疑者逮捕」という一文で得られる効用である。起訴すらされていない被疑者の氏名やあまつさえ生活保護云々といった報道には、被疑者のような人を見下し、社会から排除しようとする歪んだ正義感を感じる。

 

逮捕そのものに社会的制裁の意味を増す事で、犯罪を抑止しようとする警察や検察の意図も感じられる。これは死刑が抑止力足るかの議論とも共通するが、おそらく多くの刑事犯は自分が将来受けるだろう刑事罰を勘案した上で法を犯すわけではない。罰を重くすれば犯罪者が減るわけではない事は、統計的に枚挙に暇がないであろう。

一度刑務所に入った受刑者の再犯率は高く、出所後に犯罪とは無縁に社会生活を送る難しさがむしろ再犯を助長し刑事事件の件数を増やしているのではと考られる。インターネット上に氏名や社会的属性、政治的姿勢などが事件と共に記録される事は、当事者が就職したり結婚したりという基本的人権を間接的に侵害するおそれが大いにある。

これらの問題から、警察による逮捕時点、検察による起訴時点では被疑者・被告人の氏名や個人に関わる情報の報道を禁止すべきである。また、受刑者となった後も氏名等の報道には本人の同意を条件にするべきである。我々市民に必要なのは、事件の被疑者が拘束され、同一人物による事件の再発が防止されているという情報のみである。犯罪に対する罰は司法の仕事であり、市民社会はそれとは無縁に営まれるべきである。